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「滑ったらノーギャラね!」“一発屋”芸人がおびえる宴会シーズン

普段とは違う巨大な会議室。プロジェクターに映されたプロフィールの前でネタを披露する髭男爵の2人=サンミュージック提供
普段とは違う巨大な会議室。プロジェクターに映されたプロフィールの前でネタを披露する髭男爵の2人=サンミュージック提供

目次

 年末年始、“一発屋”芸人にも仕事は舞い込む。もちろんテレビ局のスタジオ……ではなく宴席。「滑ったらノーギャラ」というブラックジョークにおびえながら、酔客のからみを華麗にかわすかき入れ時。「次は人気芸人の…この方々でーす!!」。過剰な煽りに突っ込みを入れつつ、ステージに飛び出していく。(髭男爵 山田ルイ53世)

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連日連夜パーティー三昧

年末年始のこの時期。
“売れっ子”達は大型特番の収録で大忙し。
パーティーさながらの華やかな現場を、局から局へと飛び回る。
しかし、“一発屋”とて負けてはいない。
特に、我々貴族は、連日連夜パーティー三昧…と言っても、勿論仕事である。
“企業パーティー”と呼ばれる営業案件。
我々の立つ舞台は、スタジオではなく、ホテルや温泉旅館の宴会場である。

「ルネッサーンス!」
「○○やないかーい!!」
掛け声と共に、派手にグラスをぶつけ合う。
桜島や富士山に何万人も集め、熱狂させるほどの“乾杯”ではないが、少なからず時代に爪跡を残した“貴族”の乾杯、その作法。
かつては、宴席で人々が真似をし、勢い余ってグラスを破損するトラブルが頻発。
「ルネッサンス禁止」
なる貼り紙が、居酒屋の壁を飾った。
“一発屋”と成り果てた今でも、その宴会属性の強さは健在である。
加えて、年末年始は一年を通じて最大の“乾杯シーズン”。
自然、“お座敷に声がかかる”と言うものだ。

恒例のワインイベントに登場した髭男爵の2人=サンミュージック提供
恒例のワインイベントに登場した髭男爵の2人=サンミュージック提供

当然、騒がしい

地方の会館で催されるお笑いライブ、ショッピングモールでのイベント、学園祭。
これら通常の営業案件と、忘年会や新年会、創立○○周年記念パーティー、社員旅行の宿泊先での宴会といった“企業パーティー”では、幾つかの点で異なる。

まず、前者の会場は静かである。
別に“スベッて”いるわけではなく、“私語”がほとんどないということ。
“笑い声”を差し引けば、そこには図書館顔負けの静寂がある。
正直、やり易い。

対して、後者は非常に騒がしい。
“企業パーティー”と言っても、宴会…酒の席なので、当然と言えば当然。
“私語”で溢れた空間では、繊細な台詞回しのお洒落なネタなど通用しない。
「どーも―!!!」
まずは会場の騒がしさを、声量で上回ることが肝要。
おかげで、仕事を終えれば喉は嗄れ、声はカスカスである。

加えて、客層も独特。
男性比率と年齢層が高めである。
簡単に言えば、年配の男性、おじさんが中心。
僕の経験上、おじさんがこの世で一番笑わない。
“おじさん慣れ”し過ぎたせいか、
「いや―、若い女の前で(漫才を)やるの久しぶりやな―!」
女子大の学園祭などでは、心が弾み、“ムショ帰り”の如き台詞が思わず口を衝く。
ディナーショー形式なので、食事中なのも面倒だ。
コース料理に、手と口を封じられては、拍手や笑い声も目減りする。
両手は縛られ、猿轡 (さるぐつわ)...人質相手に漫才をしているようなものである。

就職恋愛結婚トークショーに登壇した髭男爵の2人=サンミュージック提供
就職恋愛結婚トークショーに登壇した髭男爵の2人=サンミュージック提供

本芸を捨てる覚悟

苛酷なパーティー現場を乗り切る術は、芸人によって様々。
中には、自分の“本芸”以外に、“傘回し”や“手品”の類を習得するものもいる。

数年前。
とある企業パ―ティーでのこと。
前の出番の芸人のステージを、舞台袖で眺めていた。
苦戦している。
空気の重さに、耐えかねたのか、
「いやー、今日は特別にですねー…」
何やら呟きながら、小道具を詰め込んだ鞄から、風船を取り出した。
自分のネタを諦め、急遽、“バルーンアート”を始めたのである。
芸人としての矜持云々など、説くつもりは毛頭ない。
僕とて、
「シルクハットから鳩が出せれば!」
などと後悔したこと、一度や二度ではないのだ。

「キュッ…キュッ…キュキュ…」
風船のゴムが擦れ合う音が会場に響き、数十秒後、子犬が完成。
「プードルちゃんでーす!」
トタン屋根に小雨が振りかかったような、パラパラとした拍手が起こる。
いや、実際に降っていたのかも知れぬ。
その証拠に、雨に濡れたのだろう…彼の捧げ持った子犬は、小刻みに震えていた。

「ルネッサーンス!」と同時にスマホで撮影される2人=サンミュージック提供
「ルネッサーンス!」と同時にスマホで撮影される2人=サンミュージック提供

野次そのものを打ち返す

お客様が酒を飲んでいるのも、通常の営業と大きく違う点である。
酒の力は恐ろしい。
勿論、大部分の人々は、紳士淑女のままである。
しかし、
「ほいほいほい…飲んで飲んで!!」
漫才中であろうとお構いなし。
僕が手にしたワイングラスに、酒を強引に注いでくる酔っ払いが必ず現れる。
グラスは葡萄風味の炭酸ジュースで既に満たされているのだが、これまたやはりお構いなし。
「ありがと―ございます!!」
さも嬉しげな表情で、即席カクテルを飲み干し、ステージを続ける。
宴会の盛り上がりに水を差したくはない。
何より、漫才中にグラスなど持っている我々の芸風にも非はあるのだ。

「シルクハットを強引に脱がせ、どこかへ持ち去る」
「後ろから突如、羽交い絞めにしてくる」
「おしぼりを投げてくる」

あるいは、
「最近テレビで見ないぞ―!」
「懐かしい―!」
などの野次の類…一部の酔客の“御無体”は枚挙に暇がない。

それら、一つ一つを、的確に処理し笑いに変える。
プロ野球選手は、野次を背に白球を打ち返すが、野次そのものを打ち返すのが芸人のプロなのだ

競馬場でたそがれる髭男爵の山田ルイ53世=サンミュージック提供
競馬場でたそがれる髭男爵の山田ルイ53世=サンミュージック提供

隠密行動で楽屋入り

このように、驚きの連続となる“企業パーティー”。
しかし、口火を切るのは大概こちら…最初に驚かすのは、実は僕の方である。

我々の登場は、“サプライズ演出”が多い。
サプライズなので、社長や幹事の社員を除けば、我々の来訪は誰にも知らされてはいない。
よって、現場入りから本番まで、隠密行動が求められる。
パ―ティーの参加者が宴会場に入り切ったのを見計らい、行動開始。
ホテル内を、スタッフの先導で足早に移動し控え室へと向かう。
曲がり角が来る度、
「ちょっと、待って下さい!」
制止され、身を潜める。

誰にも見咎められず楽屋入り出来れば、第一段階終了だが、油断は禁物である。
酔い醒ましや仕事の電話のため、宴会場から彷徨い出てくる人々に見つかれば、苦労も水の泡。
便所に行くにも、
「今、行っても大丈夫ですか?」
囚人のように、逐一許可が必要である。

楽屋へ挨拶に訪れた社長の、
「滑ったら、今日のギャラはなしですよー!?」
急遽、“クーリングオフ”の可能性を仄めかす“パワハラジョーク”に、
「ちょっとちょっとー!」
慌てて見せたりしている内に、本番の時間である。

ワイングラス越し、真剣な表情で競馬観戦する髭男爵の2人=サンミュージック提供
ワイングラス越し、真剣な表情で競馬観戦する髭男爵の2人=サンミュージック提供

「東京から素敵なゲストを…」「やめてくれ―!!」

既に衣装も着込んで“貴族”状態。
人目につきやすい。
楽屋の扉を薄く開け、廊下に人気がないことを確認し、小走りで最寄りの関係者以外立入禁止のドアへ飛び込めば、裏動線に侵入成功。
「お仕事中すいません!」
途中、厨房の片隅を通ったりしながら、舞台袖へと辿り着く。

すると、舞台上のMCが、
「さあ、本日はなんと東京から素敵なゲストを…」
「人気芸人の…この方々でーす!!」
営業先で出くわすMCは、誰の得にもならぬのに過剰に煽った紹介をする人間が多い。
“人気芸人”など、もはやJARO案件…通報せねばなるまい。
“なんと”、“素敵”も、此方としては迷惑である。
「誰か来てくれましたー!」
位で良いのだ。

無駄にお客様を期待させては、ハードルが上がり、折角のサプライズが薄まりかねない。
「ピザ来た時でも、もっと盛り上るやろ!」
そんな“逆サプライズ”は勘弁である。
「やめてくれ―!!」
舞台に飛び出し制止したい衝動をぐっと我慢していると、出囃子が流れ出す。

ハロウィン仮装大賞のイベントに出た髭男爵の2人=サンミュージック提供
ハロウィン仮装大賞のイベントに出た髭男爵の2人=サンミュージック提供

「厄介な舞台になりそうだ…」

パーティー現場は慢性的にBGM不足なのか、何故かいつも“M-1”の音源である。
気が引けるのだ。
決勝進出の経験もない“コスプレキャラ芸人”には荷が重い。
チラリと見えた、仲居さんの持つお盆の上のデザート。
それが告げるのは、宴の終わりと、お客様は目一杯酒を楽しんだ後だという凶報。
厄介な舞台になりそうだ。

「“一発屋”で盛り上るのか!?」
“極一部の方々”から声が挙がりそうだが、心配御無用である。
口幅ったいが、“一度売れた”知名度は大きい。
何より、芸能人をスル―することで、自分の価値観が特別だとアピールする“極一部の方々”と違い、大部分の人々は自らのアイデンティティの確立を、芸能人や有名人に頼ってはくれない。
寂しい限りだが、“一発屋”でも素直に喜んで頂ける。

とは言え、永遠に味のするガムなどないのも事実。
“一発”の賞味期限は刻一刻と近付いている。
誰一人驚かなくなれば、妖怪もお化けも、そして我々“一発屋も”存在価値などない。
「どーも―!!!」
そんな不安を振り払うように、今日もステージへと飛び出して行く。

髭男爵の2人にスタッフから贈られた花束=サンミュージック提供
髭男爵の2人にスタッフから贈られた花束=サンミュージック提供
髭男爵の“一発屋”放浪記

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